- Dolby Atmos非対応という割り切りが持つ音響構造上の意味
- マルチチャンネルバーチャルサラウンドと「BACCH 3D Spatial Audio」の技術的アプローチの決定的な違い
- 10基のドライバー群と300Wアンプを1ボディに収めたピュアオーディオ視点の合理性
- 映画の立体音響ではなく「音楽・ライブ音声」をテレビで楽しむための適性構造
この記事のポイント
- 映画用サウンドバーとの決定的な乖離:Dolby AtmosやDTS:Xなどのマルチチャンネル・サラウンドフォーマットのデコーダーを一切積んでいません。入力はステレオPCM(最大24bit/48kHz)に限定されます。
- ステレオ音場補正の極致:チャンネル数を増やして空間を埋めるのではなく、左右のクロストークを低減する「BACCH 3D」技術により、2ch信号から高精度な音響空間を再現します。
- 圧倒的なアナログ・デジタル拡張性:MMフォノ入力や768kHz/32bit PCM・DSD512対応DAC、ネットワークストリーミング機能を一体化。テレビは「音源入力の一つ」という位置付けです。
- 設置環境への高度な追従:11バンドEQおよびiOS/Zenマイク対応の「Auto Room EQ」により、壁際やコーナー設置時でも定常波や不要共振を抑え込む設計が施されています。
なぜ今、高級オーディオブランドがeARC搭載ワンボディを投下するのか
リビングにおける音響機器の集約化とテレビのハブ化
かつてピュアオーディオの世界では、セパレートアンプと大型スピーカーを部屋の左右に正確に配置することが絶対条件とされていました。
しかし現代の住環境においては、リビングの中心に君臨する4K/8K大画面テレビがあらゆるメディアのハブとして機能しています。 ユーザーが求めるのは、膨大な配線や巨大な機材群ではなく、インテリアを損ねない単一のスマートなシステムです。テレビの音声を無劣化で伝送できるHDMI eARCの普及は、オーディオブランドにとって「テレビの下に置くワンボディ機」を本格的なオーディオ機器として成立させる物理的インフラとなりました。
市場の誤解:すべての横長スピーカーが「サウンドバー」ではない
ユーザーは「テレビとHDMIで繋がり、ディスプレイの下に置く一体型スピーカー」を一括りに「サウンドバー」と認識しがちです。しかし、そこには明確な設計思想の分岐が存在します。 大半の製品は映画のオブジェクトオーディオ(Dolby Atmos等)を仮想展開することを目的としています。
一方で、PRIMARE「Allt-i-Ett」は純粋な音楽再生の解像度と位相精度(ステレオ感)を追求したハイファイコンポをワンボディに凝縮したものです。この違いを理解せずに導入すると、想定していた音響体験との間に大きなギャップが生じることになります。
PRIMARE「Allt-i-Ett」と既存ハイエンドサウンドバーの構造比較
まずは、60万円クラスのハイファイワンボディである「Allt-i-Ett」と、既存の超高級映画用サウンドバー(例:Sennheiser AMBEO Soundbar等)の主要スペックと設計アプローチを比較します。
| 比較項目 | 既存の超高級映画用サウンドバー | PRIMARE Allt-i-Ett |
|---|---|---|
| 設計の主目的 | 映画・ゲームの立体音響(マルチチャンネル) | ピュアオーディオ(2chステレオ高精細再生) |
| 対応サラウンド規格 | Dolby Atmos, DTS:X, MPEG-4 AAC 5.1ch等 | 非対応(ステレオPCM最大24bit/48kHz) |
| 空間音声アプローチ | ビームイコライジング・壁天井反射・DSP演算 | クロストークキャンセレーション(BACCH 3D) |
| 入力インターフェース | HDMI入力×複数、HDMI eARCパススルー | eARC×1、光/同軸、RCA/MMフォノ、USB-A |
| ストリーミング・ハイレゾ | AirPlay 2, Spotify Connect基本機能 | PCM 768kHz/32bit, DSD512, Qobuz, TIDAL |
| 内部拡張性 | ワイヤレスリア・サブウーファー追加(専用) | 有線サブウーファー出力(低域マネジメント付) |
技術の核心:仕様→構造意味→体感翻訳の3段分解
① マルチチャンネルサラウンド非対応という「仕様」の意味
Allt-i-EttのHDMI eARC入力は、公式仕様としてリニアPCM 2ch(最大48kHz/24bit)のみを受信します。ドルビーデジタルやDolby Atmosのビットストリーム信号を入力した場合、テレビ側でPCMステレオへダウンミックス処理を行わなければ無音となります。
【構造的な意味】 サラウンドデコーダーや複雑なオブジェクト定位演算回路を完全に排除することで、回路内の信号経路を最小化し、クロックジッターの発生やDSPライセンスコストをすべてアナログ駆動段とD/A変換回路の物量投入へ回しています。
【聴感ではどうなる】 映画で「背後から音が回り込む」ようなサラウンド感は物理的に発生しません。しかし、テレビから出力される音声信号のSN比(信号対雑音比)と動的解像度は極限まで高められ、ヴォーカルの輪郭や楽器の微小な余韻が極めてクリアに立ち上がります。
② 10基のドライバー配置と300W DSPアンプの「構造」
横幅690mmの筐体に、4インチ・ウーファーを6基(前・後・下に各2基)、4インチ・ミッドレンジを2基、0.75インチ・ウェーブガイド付ツイーターを2基搭載。これらをピーク出力300WのDSP制御アンプで駆動します。
【構造的な意味】 小さな密閉容積から豊かな低域を得るため、対向・分散配置されたウーファー群をDSPで振幅制御しています。下向および後向ウーファーは壁面や設置台を利用した音響負荷のコントロールを行っています。
【体感ではどうなる】 サブウーファーなしのワンボディ機特有の「低域の沈み込み不足」を感じさせず、ベースラインの音階変化が混濁せずにピシッと揃うスピード感のある低音を実現します。
③ BACCH 3D Spatial Audioによる「音場補正」の異質さ
一般的なサウンドバーの空間補正が「天井や壁に音を反射させて疑似的にスピーカーを配置する」処理であるのに対し、Allt-i-Ettが搭載する「BACCH 3D」は、左右のスピーカーから出た音波が反対側の耳へ回り込んで到達する音響クロストークをDSPで相殺する技術です。
【構造的な意味】 2本のスピーカー間隔が狭いワンボディ機では本来ステレオイメージが狭小化します。クロストークを消去することで、録音ソースに含まれている元の直接音と間接音の位相差だけを両耳に正確に届けます。
【音場はどうなる】 部屋の壁に物理的な音を反射させるのではなく、スピーカーの左右の枠線を遥かに超えた外側まで自然な音場が広がります。人工的な響き(残響エフェクト)が付加されないため、クラシックやジャズのライブ録音において原音を損なわない立体感が生まれます。
専門サイトとしての詳細比較とユーザー環境への落とし込み
どのようなソースで最も威力を発揮するか
本機の音響特性と接続インターフェースから見えてくるのは、コンテンツによる極めて明快な適性の差です。
- 真価を発揮するソース:YouTubeのライブ映像、NHK BSなどの音楽特番、4Kブルーレイの音楽ライブソフト、Spotify/TIDAL/Qobuzのストリーミング再生、アナログレコード(MMフォノ接続)。
- 割り切りが必要なソース:最新ハリウッド映画(Dolby Atmos収録)、サラウンド感を売りにしたアクションゲーム。
映画鑑賞時であっても、爆発音のサラウンド感より「登場人物の声の肉声感」や「バックグラウンドミュージックの解像度の高さ」を重視する読者であれば、本機の解像度は大きな武器となります。映画表現の方向性を整理したい方は、ドルビーアトモス対応サウンドバーの方式の違いと選び方を併せてご参照ください。
Auto Room EQと設置環境の自由度
多くのサウンドバーはテレビ台の中央に置くことが前提とされていますが、Allt-i-EttはPrismaアプリと連携した「Auto Room EQ」を搭載しています。設置位置(フリースタンディング、壁際、コーナー)に応じた出力プロファイルをプリセットとして保持しており、iOSデバイス(またはZenマイク)を用いた測定により、部屋の定常波による低音のブーミーさを正確に補正します。 さらに11バンドのグラフィックイコライザーを独立して搭載しているため、定常的な音響補正の上から、ユーザー自身の好みに合わせた周波数特性の微調整が可能です。
買い替え・購入前に試したい調整ステップ(0円改善)
もし既存のサウンドバーやテレビ音声で「音楽の質感が低い」「セリフが聞き取りにくい」と感じている場合、高額な機器に買い替える前に以下の設定を試す価値があります。
- テレビ側のPCMダウンミックス設定の確認:テレビの音声出力を「パススルー」や「ビットストリーム」から「PCM」に変更することで、テレビ側の内蔵DSPによる余計なサラウンド処理をバイパスし、音のストレートさが改善する場合があります。
- 設置面の剛性確保:スピーカーの下に厚手のシナ合板やインシュレーター(あるいは硬いボード)を敷くだけで、低域のボヤけが大きく解消されます。設置環境の基本についてはサウンドバーの選び方完全ガイドでも詳しく解説しています。
- バーチャルサラウンド機能のオフ:音楽番組を観る際は、サウンドバー側の「Movieモード」や「3D Surround」をあえて切り、「Stereoモード」にする方がボーカルの位相が整います。
管理人の私見|この製品が問いかける「リビングオーディオの未来」
仕様と構造を整理したうえで、管理人個人としての考察を述べます。 PRIMARE「Allt-i-Ett」は、サウンドバー市場に対するアンチテーゼとして非常に興味深い存在です。近年のサウンドバー開発競争は「いかにチャンネル数を増やし、天井や壁に音を反射させてバーチャルな立体空間を作るか」というアルゴリズムの殴り合いに終始していました。
しかし、その結果として「チャンネル数は多いが、ヴォーカルの音が痩せている」「効果音は舞うが、音楽として聴くと位相が乱れていて美しくない」という製品が散見されるようになったのも事実です。高品位な音楽体験を求めるアプローチについては、音楽向けサウンドバーのおすすめ選定記事でも論点として触れています。
Allt-i-Ettが提示したのは、「マルチチャンネルサラウンドをバッサリ捨て、ステレオ2chの精度をワンボディの限界まで高める」というピュアオーディオの価値観です。60万円という価格は一般的な家電の枠を超えていますが、高性能なネットワークプレーヤー、アンプ、MMフォノイコライザー、ハイエンドスピーカーを個別に買い揃えて配線する労力とスペースを考えれば、一定の合理性が存在します。
関連する製品・記事への接続
本機の持つ特異な設計思想を理解するうえで、比較対象となるカテゴリーや関連記事を整理します。
映画の立体音響(Dolby Atmos)の最高峰を求める場合
映画の包囲感や天井からのサラウンド効果を最優先する場合は、純粋なAV設計のハイエンド機を選択するのが正解です。一体型フラッグシップの基準としてはSennheiser AMBEOシリーズの分析レビューなどが比較対象となります。
総合的な市場の立ち位置を確認したい場合
予算や設置スペース、用途(映画vs音楽)に応じた最新の全体像は、以下のピラーページにて構造的に分類・比較しています。
まとめ|Allt-i-Ettを検討する際の最終判断軸
PRIMARE「Allt-i-Ett」は、万人向けの「おすすめサウンドバー」ではありません。本機を検討するにあたって最も重要な判断基準は、自身の主目的がどこにあるのかという点に集約されます。
- 選ぶべきではない人:映画館のような重低音と、頭上や背後から音が迫る映画的立体音響を最優先するユーザー。
- 検討する価値がある人:テレビを中心としたリビングで、ライブ映像、YouTube、クラシック、ハイレゾストリーミング、アナログレコードを最高のステレオ音質で楽しみたいユーザー。
ワンボディ型という形状こそ共通していますが、Allt-i-Ettの正体は「eARCポートを備えた本格派ネットワーク・ステレオオーディオシステム」です。自身の視聴スタイルが「映画のサラウンド効果」と「音楽の音響的純度」のどちらを求めているのかを冷徹に見極めることが、後悔のない選択へ繋がります。


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